コラム

お母さんに言えなかった悩み事

僕は妹が二人いる。 一つ年下の 「陽子」 と7歳離れている 「あゆみ」。 陽子も僕と同様に日本人学校で教育をスタートし、小学校4年生でアメリカンスクールに転校。 外見から性格まで僕と陽子は極端に正反対。 陽子は幼いころからとても活発で、自己

両親は喧嘩でなく、文化のわかり合いをしていた

現在、アメリカの離婚率は約50%といわれており、ソーシャルネットワーキングが普及している今の時代では離婚している夫婦が上昇しているのが現状だ。 2組に1組は離婚をしてしまう・・・ 恐ろしい統計でもあり、その反面悲しい現実である。 自分の周り

「家族の為に残業する日本人パパ」 「家族の為に帰宅するアメリカンパパ」

時計が午後5時ちょうどを指すと、荷物をサッと片付け始め、パソコンの電源を切り数分以内には 「See you tomorrow!」 と堂々とした口調でオフィスの出口へ向かうアメリカ人社員。 現地で採用されている駐在員だったら誰でも当初唖然とさ

「歌う日本人」「踊るアメリカ人」

前回のコラムにも述べたようにアメリカの高校に入学して以来、日本語に触れ合う機会がなくなった。 機会がなくなったというよりは、自ら日本語の環境と距離を置くようになったと言った方が適切であろう。 アメリカ人として受け入れられるようになったことが

「人前で自分を褒めることできますか?」

僕の父親は昔から音楽に対して情熱的だ。 20代は仲間とロックバンドを結成し、ドラマーとして活躍をしていた。 アメリカや日本など多くの舞台で演奏していて、当時はプロのロックバンドを目指していたほどだった。 結局バンドは解散してしまったが、その

日本の対極にあるアメリカの仕事観

交換留学生として短い日本滞在を味わった後、僕はアメリカへ帰国し残り1年の大学生活を終えた。 卒業後、会計士としてキャリアを積んでいくはずだったが、日本の経験があまりにも刺激的で一年の留学生活では物足りさを感じていた。 4年間大学で専攻として

バイリンガルの壁

ここまで、幼少期から社会人になるまで経験してきた出来事と僕の思いを語ってきた。 コラムを書きながら、自らの心に深い郷愁を覚えさせられた。 ハーフの目を通して見る、アメリカと日本の文化。 今までアメリカと日本の文化で 「当たり前」 だと思われ

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